君が学校に行きたくない理由を、お父さんとお母さんは知っているかな。
もし話せたなら、それはすごいことだ。
自分の気持ちをきちんと話すのは、じつはとてもむずかしいことだから。
でも、お父さんやお母さんに話せない人のほうが多いと思う。
子供なんだから、「うまい言いかた」なんてまだわからないだろうし、まして「学校に行きたくない」というのは、話してよろこばれるとは考えにくいことだから。
言えないのは当たり前だし、君が悪いわけではない。
大人だって、いや、大人になればなるほど、自分の本当の気持ちを言えない人がたくさんいるんだから。
だけど、もしできれば、お父さんとお母さんに「学校に行きたくない」ということを話せるといいな、と思う。
なぜなら、お父さんとお母さんが君の一番の味方(みかた)になってくれるからだ。
世の中のほとんどのお父さん、お母さんは、自分の子供が世界一大切な宝物だと思ってる。
残念ながら、ほんのちょっとだけ、そうじゃない親もいるけれど、それはまた別のところで話すことにしよう。
世界一大切な宝物が傷(きず)ついたり、苦しんだり、死にたいと思っているなんて知ったら、ショックで眠れなくなるんじゃないかな。
君のお父さんやお母さんは、そんなことを思うわけないって?
「ああしなさい、こうしなさい」って命令ばかりで、君の話を受け入れてくれない?
たしかに、そうかもしれない。
それは、お父さんやお母さんが「普通」を一番大切なことと信じているから、かもしれない。
そして、「うちの子には普通でいてほしい」と願っているから、かもしれない。
「ふつう」ってなんだろう。
じっくり考えてみればわかるはずだけど、「普通」なんてものはこの世にはない。
ちょっと難しい話になるけど、「普通」というのは統計(とうけい)によってみちびき出された平均(へいきん)のことをさす。
たとえば、100人の子供がいたとして、そのうちの80人が「チョコレートが好き」と答えたら、「8割の子供がチョコレート好き」という結果になる。
「だいたいの子供はチョコレートが好き」ということは「子供は普通、チョコレートが好き」という言いかたもできる。
だけど、20人の子供は「チョコレートが好き」とは回答しなかった、ということは「子供ならみんなチョコレートが好き」というわけじゃない。
チョコレートがきらいな子だっていて当たり前だ。
でも、なぜか、人は「普通」でいると安心するんだ。
これは日本に住んでいる人に多いのかもしれない。
(「日本に住んでいる人」と決めつけるのも、おかしいかもしれないけどね)
そして、だいたいのお父さんやお母さんは「子供は学校に行くのが普通」と思っている。
だから、「学校に行きたくない」と言うと、「普通」じゃなくなるから、あわてるんだ。
難しい言いかたになるけど、「普通」というバイアスがかかっていると、そうじゃないことを受け入れることができなくなる。
バイアスというのは、「あるデータを知ることによって思い込みが強くなる、先入観(せんにゅうかん)が植えつけられる」ということだ。
つまり、「みんなと同じ、普通はいいこと」というバイアスがかかっていると、「みんなと同じじゃない、普通じゃない」ことはよくないことと思ってしまう。
だから、大切な君を、「普通」に育てたいと思ってしまう。
これは私の考えだけど、「普通でいてほしい」と願うのは、それが楽だから、じゃないかと思ってる。
「みんなと同じ、一緒」っていうのは、楽なんだ。
「みんなとちがう」というのは、まず目立つ。
目立つことは、日本ではあまりいいこととして受け入れられない。
これは、日本の近代の歴史を調べるとわかることだけど、昔の日本は貧しくて、近くに住むみんなで力を合わせないと生きていくのが難しかった。
みんなで力を合わせないと暮らせないのに、ひとりだけちがうことをすると、うまくいかなくなってしまう。
だから、みんなとちがうことをする人はきらわれるし、ルールを守れない人は「村八分(むらはちぶ)」といって、仲間はずれにされた。
仲間はずれにされるということは、昔は、生活ができないということだったから、「みんなと同じ」であることは正義(せいぎ)だったし、それがルールだった。
そういう、昔の「ルール」がしみついて、はなれないから、「普通」でいることがなんとなく安心なんだろう。
でも、時代は21世紀になって、仲間はずれにされたら死ぬ、なんていう世の中ではなくなった。
子供にも権利(けんり)があって、他人がその権利(けんり)をうばったり、侵害(しんがい)すると、法律(ほうりつ)で罰せられる(ばっせられる)こともある。
もう、「普通」や「みんなと一緒」を押しつけられる世の中ではないはずだし、そうなっていかなくてはいけない。
お父さんやお母さんには、君に「普通」を押しつけるのを、まずやめてもらわなくてはいけない。
それをわかってもらうのは、けっこう大変なことだろうと思う。
だけど、君がこれからどうすればいいか考えていくなかで、一番の味方になるのはお父さんとお母さんだ。
だから、ここだけは、君のなかにある力を全部使って、お父さんとお母さんを味方にするために、話してみよう。
話し合いをするときには、自分が伝えたい、わかってほしいことを紙などに書き出してみるといい。
大人も、会社で「プレゼン」をするときには、大切なポイントを目で見てわかるように資料(しりょう)を作るんだ。
・学校に行きたくない理由
たとえば・・・「クラスの人にいじめられている」「勉強がわからなくてつらい」「先生にきびしくされる」など
・明日からどうしたいか
たとえば・・・「教室には行かず、保健室(ほけんしつ)ですごしたい」「体育のときだけ見学したい」「まずは一週間、学校を休んで、つかれている心を休ませたい」「あの学校に行くのはもうむりだから、別の学校やフリースクールを探したり、自分で勉強する方法を探したい」など
・いま、自分がどのくらいつらい気持ちか、体がおかしくなっているか
たとえば・・・「朝起きるとき、ぐあいが悪い」「ごはんの味がしない」「死にたいと思っている」「ときどき、頭の中がまっしろになって、人の話がなにも聞けなくなる」など
そして、「お父さんとお母さんに助けてほしい、一緒にこれからどうするかを考えてほしい」ということを、しっかり伝えよう。
「普通」を願うお父さんもお母さんも、「普通」であることの前に、「自分の子が幸せでいてほしい」と願うに決まっている。
だから、「いま幸せではない、つらくて苦しい」ということを、知ってもらおう。
お父さんもお母さんも、君のことが大好きで、大切で、世界一愛しているはずだ。
だけど、それは「当たり前」だから、わざわざ言わなくてもわかってると思ってる。
それが大きなまちがいで、「言わなくてもわかる」なんてことはないよね。
いくらお父さんやお母さんが家族だからって、頭の中で思っていることが見えるわけがない。
そしてそれは、君にも言えることだ。
お父さんとお母さんは、君がなにを考えて、どんな気持ちでいるか、たぶん全然わかってない。
味方を作るには、自分のことをわかってもらう必要がある。
できるだけ落ち着いて、冷静(れいせい)に、静かなところで、君の気持ちを話してみよう。
ごはんを食べて、ほっとしている時間がいいかもしれない。
人間は、おなかがすいているとイライラするし、糖分(とうぶん)を取らないと考える力が下がってしまうからね。
お父さんとお母さんには、落ち着いて聞いてほしい、君が話している間はだまって聞いてほしい、「どうして」「なぜ」というのは、いまは言わないであとで一緒に考えてほしい、ということを先に言っておくといいかもしれない。
そして、お父さんやお母さんが怒り出したり、大声で話をさえぎったりしたら、いったん話を止めて、心の中で10秒数えて、じっとしていよう。
もしかすると、お父さんやお母さんの、見たくないような姿を見ることになるかもしれない。
だけどこれは、君がこれから生きていくための、大切な話し合いだ。
命をかけていると言ってもいい。
君の人生ではじめての、絶対にゆずれない話し合いだ
「学校に行きたくない」という君の意思(いし・強い考えのこと)は、君がもう赤ちゃんじゃないということだ。
お父さんやお母さんの言いなりではなく、自分で自分のことを考えることができるくらい成長したということだ。
お父さんとお母さんは、君がもう赤ちゃんじゃないということを理解しなきゃいけないときが来たんだ。
お父さんお母さんが、世界で一番強い味方になってくれることを祈っています。